恋人と喧嘩をした、と泣きついてきたの話を聞くのはこれで何度目だろうか。 話しても話しても止まらない彼女の愚痴に耳を傾け、一つ一つ事柄を整理していく。 数時間喋っていくぶんかすっきりした彼女を見送って、やれやれ、次はいつごろだろうかとカレンダーを眺める。 初めて彼女の話を聞いたのが三ヶ月ほど前。それから何度か 同じようなことがあったが、少しづつ、しかし着実に、その期間は短くなっている。 毎回他愛のない痴話喧嘩の末にこじれこじれて第三者の意見を聞きにくるのだが、 そろそろ本人も堂々巡りだと気づいてきたようである。 今日は、「私は結局、一緒にいても幸せになれないし、あの人との未来がない事はわかってる。」と自分で結論づけた。 そこまでわかっていてなぜ、と言いたくもなるが、 それでも求めてくる相手を断ち切ることができず、これは情なのかもしれないが、結局は私も好きなのだ、となるのだ。 それは彼女の優しさであり弱さであり浅はかさであり阿呆さなのだが、彼女は若かった。 そんなことは、彼女ぐらいの年齢にはよくあるの矛盾なのだ。 「あの人、自分のまわりの幸福には見向きもせずに、小さな不幸ばかりかき集めて他人に見せびらかすようなことをするんです。 自分はこんなに苦労しているよ、こんなに不幸なんだよ、って。 私から見ればそんなこと、っていうことばっかりだし、あなた充分幸せじゃないって思うのに。 でも、そうなの、大変だねって言って欲しいのもわかるから、言ってしまうんです。 そうやって甘やかしているとだんだんそれが当たり前になってきて、」 ははあ、とひとつため息をついて、目を閉じた。 私は、なんの整理もされずに口から飛び出した言葉たちが空中で消えるのを黙って見ていた。 「どうして、しあわせに気づくことってこんなにも難しいんでしょう?」 「それなら、どうしてはは空虚を感じているんだと思う?」 「・・・なぜでしょう、部屋にはモノが溢れていて、食べ物があって、私は五体満足なのに。」 「そうだね」 「・・・、」 「俺は思うんだ、。」 「結局のところ、俺たち人間という生き物は満たされることを知らない。 それが言葉にできないから、悩んでしまうんだ。人によってはそれは怒りかもしれないし、恐怖かもしれない。 人生の長さに比べたら、そんなものどうってことないのに、と俺のような年齢になってしまえば思うが、それが若さ というものなんだろうね。」 ねえ、。君は若いだろう 「なんだか、わかるような、わからないような」 「わからなくてもいいんだよ、みんなそうだ。むしろ、そんなこと考えもしないのだっているさ」 結局、無い物ねだりをしないで生きていくことって、できないのかなぁ、というのつぶやきも、空気に溶けた。 「ほんとうはありあまるくらい与えられて生きていきたくて、与える喜びって、私、よくわからないんです」 「そんなもの、無意識に大勢の人々がやっていることさ。無論君もね。だからわかる必要なんてない。ほんとうに恐ろしいのは、 与えれば帰ってくることが当たり前だと勘違いしてしまうことだよ。」 それはきっと、傲慢という言葉が当てはまるんだろう、と私は言った。 思ったよりずっと苦しそうな、絞り出すような言い方になってしまった。 「あとは、まあ極端な喩えだが、それは人間だから仕方ないのだと言い切るか、嫌だと思うか、そのどちらに天秤が 多く傾くかの違いではないかな。」 俺はね、はきっと後者だと思うよ。 の表情が驚きと嬉しさとの混ざったものになった。嬉しくて仕方ない、でも隠さなければ、と理性がそうさせている表情。 ああ、なんて可愛い子なんだろう。俺の思い通りにコロコロと表情を変える。 だからそんな男早くやめなさい。言いたいのを我慢してその言葉は飲み込んだ。 これだけ偉そうに語っておいて、結局年の功を利用してでも彼女を手に入れたいと願ってしまっている自分を 悟られたくは無かった。 |